J’sアウトプットblog

気になるクライム、ドラマ、読んだ本のアウトプット用ブログ。ワーママです。

「ネバーランドにさよならを」見て、マイケルジャクソンの楽曲は自ら進んで聴くことはないだろうと思ったはなし

先日、妹にすすめられていたドキュメンタリー、「ネバーランドにさよならを(原題: Leaving Neverland」をようやく見た。

 

育児や仕事で自分の時間があまり取れない中、重そうな内容のドキュメンタリー映画に時間を割くのもなぁ...と見ていなかった。

見始めたら、やめられなくなり、一気に最後まで見てしまった。

 

衝撃だった。もう今後現れることはないであろうメガ級のスーパースター。その才能と名声により金も力もあり何不自由ない小児性愛者が、被害者とその家族、そして周りをどう言った形でグルーミングしていったかが詳細に語られているのだ。

被害者2人と家族の話はその時の出来事だけではなく、その時どのように思ってたかといった細部にわたり、嘘偽りなく語られているな、と思った。

 

※グルーミングとは、被害者である子供やその家族と仲良くなり、感情的な絆を作り上げ、つけこんだり、コントロールして虐待をすること。

 

先に言っておくと、このドキュメンタリーはマイケルジャクソンの被害者が語っているが、マイケル自身のドキュメンタリーではなく、また彼に対する復讐といった部類の映画ではない。

グルーミングという手口がどのように行われるかが語られるのだ。被害者が被害に遭う過程、また被害者がそのときどのような気持ちを感じていたか、その後色々な感情、混乱、苦しみを抱えて苦難な道を歩むことになるのか、ということを伝えるためのドキュメンタリーだなと思った。

 

それにしても、マイケルジャクソンの性的虐待疑惑は昔から何回も取り沙汰されていたが、世の中の人は実際のところよくわからなかったり、何もなかったんじゃないか。と思ってる人も多いんじゃないだろうか。私も良くわかってなかった1人だ。

 

よく覚えているのは、私が子供の頃、マイケルジャクソンの性的虐待疑惑が出てきた頃に、テレビで見たマイケルジャクソンのネバーランドでの姿だ。

ネバーランドに子供たちがいて、手を繋いだり、子供たちはここで過ごしてるみたいなことが語られていて、子供ながらに強烈な違和感を覚えた。まず、これら子供達の親は、どうしちゃったのかな?出家したやばい宗教みたいだな...そもそもマイケルジャクソンとこれら子供たちがどうやって知り合うんだろう?と、子供ながらに全く理解が全くできなかった。

また、学校で、そのドキュメンタリーを見た友達と「マイケルジャクソンは、「これはキリストの血だよ、お飲み」といって赤ワインを子供に飲ませてたらしいよ」と、やばいよね〜なんていいながら笑い話にした記憶がある。(今思うと全く笑い話ではないのだが)

 

このドキュメンタリーをみると、神のような存在のマイケルが無邪気に家にやってきたり、ダンサーや子供タレントとしての子供のキャリアのサポートをしてくれたり、家族ぐるみで経済的な支援やツアーへの参加をオファーしたりと、どうやって家族の警戒を解いて、信頼を得ていったか詳細に語られていた。そして、なるほどなと思った。

 

その後、またマイケルジャクソンの虐待疑惑が持ち上がった。お、いよいよ逮捕か!と思った反面、マイケルがFBIにより、体を検査されて自分が被害者であるかのように語る映像を見て、マイケルかわいそうだなぁと思ってしまった。そして、そのあと確か不起訴になって、なんだったんだろう?とのモヤモヤ感が残った。そして、1番のマイケルは本当は性的虐待疑惑なんてしてなかったんじゃないか?と思わされたのは、マイケルが死んだ時に、娘のパリスが、世界一のパパだったと泣きながら言ってた姿を見た時だ。

振り返ると、不起訴になったことや娘がその言葉を言っただけで、虐待してなかったという事実にはならないのだけど。

 

普通の人は才能がありスーパースターがまさか、小児性愛者だなんて信じたくないというのはよくわかる。そして、「子供たちとベッドをシェアすることが1番絆をつくる方法だ」といえば、それがいかに馬鹿げてても、あのマイケルがいうのなら信じたくもなるだろう。普通に考えたら、まあそんなおかしな話はないのだけれど。ここまでの大スターだと、グルーミングはその家族だけではなく、世の中に向けて行われてるレベルだと感じた。マイケルの人気、才能、力により小さな声をにぎり潰して、周りの目を曇らせることができてるんだなと思った。

 

ドキュメンタリー内で、ウェイドが家族に被害を告白したことの回想場面では、辛すぎて涙なしでは見れらなかった。ウェイドの姉が言っていた言葉が心に刺さった。「自分もかつては、マイケルを弁護する側だった。そして、彼らはお金目当てだと弾糾してた。ウェイドが被害を受けたことを告白されて、自分たちがこっち側に来てみたときに、なぜ他の人が自分たちのことを金目当てだと言うのもよくよくわかる。ただ自分は目が覚めて、弟に起こった被害のパターンそして現実をわかってしまった。そして、1番心が痛むのが、これまで被害を告白しようとして、いち早く黙らされた男の子たちのことだ」と。

 

またもう1人の被害者のジェイムスのことばもグルーミングの心理的な複雑さを表していると思った。子供でよくわからないまま、漬け込まれたのに、今でも自分が悪かったような気もすると言うのだ。被害者が混乱してしまうため、こう言った犯罪の被害者がいかに名乗り出るかが難しいかも伝わってきた。

 

希望が見えたのはウェイドが、「今までずっと嘘をつき続けてたけど、真実の方がずっとずっとよい」という言葉だ。人はその事実を認識して、乗り越えるというプロセスを始めることができるのだ。そして、「これを見た人が名乗り出ることのきっかけになれば」ともいっていた。本当にその通りだ。多分マイケルが生きてる限り、被害者は名乗り出ることはできなかったんではないかなと思う。

 

少なくとも、私は、マイケルジャクソンの楽曲は自ら進んで聴くこともないし、彼の曲を聴いたり映像を見るたび、彼が傷つけた数多くの子供たちがいるという事実が頭をチラつくだろう。

 

マイケルジャクソンを知らずとも、グルーミングという虐待に興味がある人はぜひ見てもらいたい。子供がいる人は子供が被害に遭わないためにも、被害者である場合は前に進むきっかけになるためにも。ぜひおすすめしたいドキュメンタリーだ。